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コロナ時代における病院の広報戦略 病院広報の真の目的とは?

2021年09月01日

コロナ時代における病院の広報戦略 病院広報の真の目的とは?

竹田陽介

循環器内科医としての診療に加え、医療コミュ ニケーション設計を専門とした研究に取り組む。
医療広報における”Evidence Based PR (根拠に基づいた広報)”を提唱し、病院・学会 を対象としたwebブランディングを多く手がける。2018年より病院マーケティングサミット JAPAN代表理事を務め、病院広報戦略のコン サルティング、講演を数多く行なっている。

「会えなくても近い」コミュニケーション戦略を探る

病院広報はいわば医療機関におけるCSRであり、社会的な責務を持って、実践されるべきである。
そう唱えるのは「病院マーケティングサミットJAPAN」代表理事であり自身も循環器内科医である竹田陽介氏。
今回は取材では竹田氏にこれからの病院広報の在り方について聞いた。

令和2年版総務省の「情報白書」によると、「いち早く世の中のできごとや動きを知る」ために利用するメディアとしては、全年代で「インターネット」が最も高く、医療広報の領域においてもwebサイトやSNSを積極的に活用する医療機関や学会が年々増加している。
近年の研究で、オウンドメディアとしての病院webサイト活用が来院患者数や求人応募者数など病院経営のアウトカムを改善することが報告された。病院マーケティングの新たな潮流である“Evidence Based PR(根拠に基づいた病院広報)”の観点から、病院経営におけるブランディング戦略が大きく注目され、新たな病院マーケティングモデルの手法が広がりつつある。

Evidence Based PRにより病院広報が大きく変わる!

ー「病院マーケティングサミットJAPAN」発足の経緯について教えてください。

まず私自身が病院広報に携わるようになった経緯からお話したいと思います。
もともと循環器内科医として、心不全のバイオマーカーの基礎研究を行っており、特に生体分子の1分子測定を目指して測定機器の開発をしていました。研究に取り組んでいたのは2011年。その時に東日本大震災が発生しました。
震災により紙カルテが流されてしまったことから、電子カルテの統一化の話が出ましたが、色々な問題があり中々進まない状況とみて、トップダウンではなくボトムアップすべきだと、有志の医療職や技術者が声を掛け合って自分たちで患者情報を管理するアプリを作れないか?と考え開発に着手しました。

アプリ自体はリリースされなかったのですが、開発を通じて多くのエンジニアの方々と知り合うことができました。そのような経験もあり自身でもWEB開発、サイトやSNSの運用と分析までが行えるようになっており、その頃からお世話になっている先輩医師が関わる学会や研究会の広報をお手伝いさせていただく機会が徐々に増えました。
関わった学会で大きな集客の成果を上げたことにより、その後、学会だけでなく病院全体のマーケティングに関しての相談が増えました。このころから循環器内科医と病院のWEBマーケティング支援という二足の草鞋で活動をはじめました。

WEBマーケティングにおいてデータ解析は非常に重要です。EBユーザー行動分析のインジケーターの一つであるPV数(PageView数:ページ閲覧数)は、臨床で言うと非特異的な炎症指標であるCRP(体内で炎症が起きている時に反応するタンパク質)の測定値のようなものです。リアルのアウトカムに出ているEBMの観点からどのインジケーターを使えば病院経営のアウトカムを予測できるのか。と医学的には考えるわけですが、これを病院経営とWEBデータ分析の視点におきかえ調べてみたところ、リアルなアウトカムである来院患者数と一番強い相関があるのはPV数でも、セッション数(アクセス数)でもなく、 *ユニークユーザー数でした。
つまりは、コンバージョンとしては、外来案内ページを閲覧しているユニークユーザー数であり、この訪問者数が想定患者数(患者もしくは紹介元)として、来院患者数(特に新患数)と正相関を強く示すことが明らかになりました。
そういった研究内容を論文として発表することができ、また学会のシンポジウムなどでも登壇の機会をいただくことが増え、少しずつEBPRという病院広報の新しいkeywordを多くの病院広報の現場で意識していただけるようになりました。

*ユニークユーザー数:ある一定の計測期間内にウェブサイト、ページに訪問したユーザーの数を表す数値。

今まで病院の広報は事務方が盲目的に行うことも多かったのですが、本来、病院の広報は医療系のアウトカムを示した上で、社会・地域に向けてしっかり発信する責任があり、病院の真っ当な活動の軸として取り組まれるべきもの。これを広い範囲の領域で盛り上げなくてはいけない。そのためには病院広報に「人・モノ・金」のリソースをかける大義に軸を据えて活動をすべきと感じ、「病院マーケティングサミットJAPAN」として新たに医療広報・マーケティングの研究会を立ち上げました。
この活動を医療業界の中だけで留めず、広報やマーケティングの分野で先を行く他業界のエキスパートから学び、事務方だけではなく、現場や経営層の医師はもちろん、院内外の様々な医療職を含めて職種や専門の垣根を超えて議論することが重要です。
患者や医療者に選ばれる医療広報・マーケティングの方法論にとどまらず、地域社会と医療機関の共創による新たな価値創出も見据えて、病院が「医療人」としてチャレンジできる医療貢献、社会貢献の在り方を広く、深く探索していきたいと考えています。

広報は理念を実現するために欠かせないコミュニケーションであり病院全体で体現する「医療人としての誠意」

ー 医療者や病院経営者の中で病院広報の重要性への関心は高まっているのでしょうか?

関心が高まっていることは間違いないと思います。ただ重要なことは、本来病院広報は「100万円出すから200万円儲けられるか?」という短絡的な費用対効果の話ではないと理解しておくことです。
R&D(Research and Development)に投資をして新しい価値を創っていくという価値観を持っている病院。
これができている病院は中長期的な地域マーケティング戦略のなかで広報の重要性を理解しており、腰を据えてしっかり予算をとっています。社会にとっての公共的な医療の価値を考えれば、医療機関が「自院の収益に直結する、しない」とは別に、社会の病める人々、困っている人々に対して、医療情報を発信することは、医療人としての誠意です。

いい病院の条件は、病院組織が一つの擬人化された「医療人」として患者、医療職から信頼されている状態となっていることです。
これは職員全員で取り組むコミュニケーション活動とも言えます。そのために私は「広報」という限られた意味合いより、全体を意識した「コミュニケーション」という言葉で表現することが多いです。
腕のいい術者がいる、最新の医療機器がある、それだけではなく、組織として一枚岩で「医療人」を体現できているか否かが良い病院かどうかの分かれ目になると考えています。競合病院と治療技術、症例数は大差がなくとも、地域における自院の役割(単なる急性病院ではなく、どういった専門診療を通じて、どういった患者ペルソナを救いたいのか)を医療人としてのphilosophyを含めて院内外に浸透させていくことが、地域内外の患者、紹介元からの信頼に大きな差をつける要因となります。

一流の企業は既に持続可能(SDGs)なサービスが起点となっている

ー 広報を「医療人としての誠意」「理念実現のための活動」と捉えた場合に、重要となる考え方はどのようなものでしょうか?

今、一流企業の多くは社会起点から物事を考えています。社会や地球環境を良くするために自分たちの役割は何なのかを考える視点があってはじめてSDGsの実践に至るわけで、これは目の前の保険診療の中で患者数や治療件数を争うような話ではありません。
ただ、世の中の人の役に立ちたい。病気で苦しんでいる人を救いたい。という視点では広すぎるので、これを実際のアクションプランにどう落とし込んでいくかということは、現場の臨床すなわち日常診療の「医療人」としての視点にヒントがあります。

病院組織のマネージャーになった方々には、今一度「自分たちは医療人として地域にどのように貢献すべきか?」という視点で考えていただければと思います。医療圏という地域社会の中で、例えば特定の手術治療を強くPRしたかったとしても、実際に真の治療適応となる患者が少ない場合には、「押し売り」をして無闇に件数を増やすことはできませんし、してはいけません。
ひたすら「手術件数を増やして売り上げを増加させよう」ではなく、「手術の治療適応をしっかり見極めた上で、現時点で手術が不要な患者にも内科治療や生活改善などで自院の外科以外のスタッフや他院の専門家(企業や自治体の健康づくり団体も含む)と連携して、患者の人生に長期的にどう貢献できるか?」を議論し、組織や専門の垣根を超えて手を取り合って「地域の命に向きあい続ける」ことが、地域で真に信頼され続ける医療機関の在り方だと思います。

そして、そのような目先の売り上げを超えた「病院が医療人として地域社会に貢献」していく際の院内外の実際のコミュニケーションを交通整理し、また活性化する役目を担うのが病院広報および地域連携の担当者であり、病院経営者は彼らが組織を超えて自由に動ける様、環境を整える必要があります。

「会えなくても近い」コミュニケーション戦略

ー これから地域や患者さんとのコミュニケーションにおいて求められることは何でしょうか?

コロナが終息し「アフターコロナ」を迎えたとしても、病院のコミュニケーション設計において「会えなくても近い」の実装が重要となります。当然のことながらコミュニケーションには相手が存在しますので、(テンプレの画一的コミュニケーションではなく)それぞれの相手に向き合ったコミュニケーション設計が求められます。
もちろん、相手が患者や家族、紹介元、求職者だれであっても、向き合う姿勢の根本に「医療人としての誠意」が必須であることは変わりません。そのうえで、オフライン(リアル対面)とオンラインの接点をどのように連動させて組み合わせるかが重要です。
親近感を抱きやすいという点ではオフライン(リアル)の場がオンラインより優れていますが、接点の数はオンラインが上回りますし、効果検証のしやすさや精度もオンラインに軍配があがります。オフライン(リアル)の場が減ることを悲観的に捉えずオンラインの有用性を取り入れながら、うまく組み合わせることがポイントになります。

また「会えなくても近い」関係性をつくる際の伴は、コンテンツとタッチポイント(ターゲットとの接点)。ともすると、タッチポイントをチャネル(集客経路)と捉えがちですが、これは決してイコールではありません。
多くの医療機関ではメディアに露出した後に、それがターゲットとなるユーザーに届いているかという検証まで議論が至らないことが多いです。大切なのは自分たちがコミュニケーションをとりたい患者や地域の医療機関との接点を横断的かつ縦断的な視点で細かく設計することです。
横断的視点というのはチャネルとなるメディアをどのように増やしていくかということ、そのチャネルに対してどのように複数の有効なタッチポイントをつくっていくかということが縦断的な視点となります。患者が来院するまでのユーザージャーニーは多岐に渡ります。

例えば、患者の症状が急に悪化して救急車で搬送されてくる場合と、検診で10年間異常を指摘されていながら病院に行くことはなかったが、たまたま友人が同じ病気で入院したことを知りそれを機に来院に至った場合、クチコミなどで高い評価を得ていることを知りわざわざ来院してくる場合など、それぞれの場面において受診契機となるタッチポイントは異なります。
特に、自院のかかりつけ患者に対しては、縦断的な視点でタッチポイントを考える必要があります。「とりあえず」でYouTubeやInstagramなどのSNSをはじめる病院も増えだしていますが、新規アカウントに動画や写真をアップしただけで自院のターゲットユーザーに自動的に情報が届くわけではありません。
たとえば、YouTube動画を見て欲しければ、既に運用している病院の公式LINEなどにYouTube動画へのリンクを配信し、病院LINEの友達登録者に視聴してくれるための導線を敷くことが効果的です。

そして病院公式LINEへの友達登録も、単にLINE登録のバナーをホームページに設置しただけでは大きな効果は期待できません。病院の待合室の掲示板に「LINE始めました」と打ち出し、かつ医師や看護師などから患者に直接案内することが重要です。
「〇月〇日に病院のYouTubeチャンネルで講演します。視聴動画はLINEで案内しますので、よかったらLINE登録してみてください」とチラシを渡して登録を促す。このように顧客エンゲージメントを高めるために縦断的なストーリーを設計してはじめて、ターゲットユーザーとの活きたコミュニケーションを増加させることができます。
そしてそのためには、ターゲットごとのタッチポイント特性を踏まえてユーザージャーニーをイメージする必要があります。たとえば、地域連携におけるターゲットは主に紹介元の医師となります。

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しかし、だからと言って病院から紹介元の医師宛に定期的に広報誌(連携便り)送りつけるだけでは「活きたコミュニケーション」とはなりません。私もクリニック非常勤で普段急性期病院に患者を紹介する立場ですが、紹介状の返信などと違い、広報誌が全てをしっかり読んでもらえるわけではありません。なぜなら、その広報誌は開業医にとって「自分宛の内容」ではなく、地域連携における、患者紹介の起点は、開業医と急性期病院の医師のコミュニケーションにあります。
急性期病院に求められるのは、「こちらで専門治療してあげるから、たくさん患者を送って」という一方通行のお願いではなく、「地域の〇〇病患者を救うには自分たち(病院)だけでは力が足りません。
患者により良い治療を提供するために、施設を超えた医療チームの仲間として、私たちと連携していただけますか?」という同じ目線の高さの双方向性のコミュニケーションの姿勢です。

その姿勢を体現する実際の医療連携室のアクションとして、部長クラスや院長クラスが紹介元を直接訪問するのであって、決して「下手に出て良い気分にさせておけば紹介も増えるだろう」が訪問の理由ではありません。
オフラインとオンラインの接点を最大化した上で、「この病院は医療人として頼りになる(自分の命を預ける、患者の命を預ける、自分の医療人生を預ける)」と患者、紹介元、求職者に思ってもらえるコミュニケーションを設計することが、真の意味で「会えなくても近い」病院として地域社会で信頼され続ける伴となるのではないでしょうか。

一般社団法人 病院マーケティングサミットJAPAN

代表理事:竹田 陽介 主な活動 ・学術集会(病院マーケティングサミットJAPAN)の開催 ・定期講習会、勉強会の開催 ・他学会とのジョイントセッション(講演、シンポジウム)の開催 ・病院職員向け広報/マーケティング教材の監修、執筆、作成 ・医療マーケティング研究の実施、支援 ・医療マーケティングに関する情報発信、取材協力 ・病院、研究会への講師紹介

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