2024年11月12日
恵寿総合病院(石川県七尾市、社会医療法人財団菫仙会、426床)は、前身の神野病院創立から2024年で90年の歴史を持つ、能登地域で唯一の「地域医療支援病院」です。2024年7月、医療DX(Digital Transformation)と多職種連携をかけあわせた取り組みが評価され「日本一働きやすい病院アワード2024」でも大賞を受賞しました。
恵寿総合病院は多岐に渡ってDXを推進し、医療の質向上に努めています。RPA(Robotic Process Automation)や生成AI、業務用iPhoneの導入のほか、2023年には法人内のデータを一元管理するデータセンターを設置しました。
神野正隆氏は、理事長補佐として父である神野正博理事長を支え、「仕組み化」による病院改革を先頭に立ち進めています。MBA(経営学修士)を持ち、データドリブンな病院運営を実現する神野氏に、恵寿総合病院のデータ活用と未来の展望についてお話を伺いました。
恵寿総合病院に入職した当時は、父のように経営できるのかプレッシャーを感じていました。法人の職員は約1800人いて、家族を含めると約5000人の人生を背負う覚悟が求められます。自分自身は父のような直感力が優れ、感性の人ではないと自己分析していたため、同じことができるのか、病院経営が向いているのかと自問自答をしていました。また臨床に対して非常にやりがいを感じており、経営に携わると臨床から離れる立場になるのでは、と考えていたことも迷いの理由でした。
経営に携わっていく覚悟ができたのは、病院経営には経営の視点と臨床の視点の両輪が必要であると腹落ちした瞬間でした。病院全体の運営の「仕組みづくり」をすれば、医療の質も上がり、職員も働きやすくなります。目の前の患者さんを治療するだけではない、もっとたくさんの患者さんや職員、地域社会へ良い効果を生み出すこともできるというやりがいがあると感じ、より積極的に経営に携わっていく覚悟を決めました。
恵寿総合病院に戻った1年目は臨床に集中し、法人の運営や経営の会議ではほとんど聴くだけでした。後でよく、あの1年は自分の言いたいことを我慢して、法人の風土を学んでいたのですねと言われますが、本当のことを言うと、何を発言したらいいか分からなかったのです。自分でも意識を変える必要を感じ、系統立てて経営の勉強をする決意をして、MBAを取得しました。
MBAの2年間で劇的に価値観が変わりました。特別講師で来られた相澤病院の相澤孝夫理事長がデータを重視して病院経営をしていると聞き、「これだ」と思いました。
私は感覚的に物事を考えるより、データや根拠を元に組み立てるのが得意なタイプです。そして病院という組織には一元管理はされていなくても、各部署にたくさんの有益な情報があったので、必要なデータを集め、定量化し、ベースとなる根拠を組み合わせれば、病院運営をより良くしていけると考えました。
まず、定量的な議論のためデータ経営分析チームを立ち上げ、法人全体にエビデンスを元にした病院運営を浸透させていきました。
データの分析は事務職だけではなく医療職のメンバーにも担当してもらっています。もともとデータを扱う事務職に加え、現場にいる医療職の分析視点もミックスした方が、より課題を見つけやすく説得力もあると思ったからです。チームを立ち上げた当初は毎週のように集まって取り組むうちに、データ分析能力が上がり色々な課題が浮き彫りになってきたのと、自身の部署の課題を誰かが挙げると、他の部署も一緒に課題を改善する動きにつながりました。小さな改善の渦をたくさん作り、大きな渦、課題解決につながっていくイメージです。
また、急性期病院として患者さんの入院から退院までの一連のフローのマネジメント(PFM:Patient Flow Management)について改善の必要性を感じていたため、データを分析したところ、平均在院日数が長く非効率的な運用になっていたことが分かりました。原因を探ると、同じ病気で入院しても担当者によって方針や関わるタイミングが変わる等、属人化したオペレーションになっていたのです。さらに、これまでは病床稼働率を上げるため、PFM重視の流れになっていませんでした。
入院が長くなると患者さんにとっても、そして病院の受け入れキャパの機能も下がるので、入院治療を効率的に行い、ムダなく最短の日数で治療やケアを完遂し早く退院した方がいいのは明らかです。そこについては当初は、経営上の懸念から反対意見もありましたが、患者さんにとってを第一に考え、入退院管理センターを立ち上げて恵寿式PFMを確立し、組織全体に浸透・共有させる取り組みを行いました。
取り組みが功を奏し、稼働率は若干下がったものの、受け入れられるキャパが増え、入院患者さんのフローが良くなったため、今度は集患対策を強化しました。100施設ほどある連携医療機関に地域連携のスタッフと挨拶回りをして病院機能のレベルアップをアピールすると共に、当院の強みをわかりやすく伝え、連携をより強化するお話をすることで、次第に紹介が増え、最終的に増収増益につながりました。
属人化した病院を仕組み化するためのツールとして、クリニカルパス(パス)も非常に有効です。パスを使えば入院から退院までを効率化するとともに、医療の質が担保されます。
当院で現在使用してる電子カルテベンダーの顧客病院のベンチマークの中で、パスの利用率は日本一になりました。厚労省の資料で全国の病院のパス利用率をみると一番多いのは40〜50%台ですが、当院は毎月98%以上となっています。ほぼ全ての患者さんがなんらかのパスを使っています。パス化できていないと先生ごとに指示が異なったり、指示抜けがあったりと属人化しますし、指示を受ける側もそのせいで間違いを誘発したり、心理的安全性が保てなかったりするので、当院のパスは、データ分析をし、全国標準のオーダーをベースに各診療科ごとに統一した指示を組み込んだパスに設計し、そこへ患者さん毎にオーダーメードで追加指示を出せるようにしました。
データ分析結果を各診療科の先生と相談して、その結果をパスに落とし込み、私と看護師数人の少数精鋭でパスを半年で徹底的に作り上げました。診療科の先生の治療に対するこだわりは尊重しつつ、あくまでベースは標準的な指示となるようにパスを適用した上で、カスタマイズは可能です。パスを使った方が楽だと臨床現場で認知されると、こういうパスを作ってほしいと次々に依頼がきました。入院が多い疾患のパスから作り始め、現在は200以上のパスを運用しています。
分析チームを立ち上げたときは、各部署のデータが院内で全体共有されていませんでした。そこで稲盛和夫さんの「ガラス張りの経営」のように、収益も含めて徹底的に情報を開示しました。
反対の声もありましたが、頑張っている施設や部署をオープンにして取り組みを共有すべきだと考えていますし、改善が必要な部署も見える化し問題/課題に早く気づき、対応が迅速に行えるようにすべきと考え、徹底的な見える化を推し進めています。「平等」に縛られず、「公平」にデータを扱わないと改善点もクリアになりません。「当科の治療は全国的に標準治療だ」と言われたとき、自身の専門である消化器内科の内容であれば判断できても、他科については判断できかねます。しかし、データがあれば専門外でも根拠をもとにディスカッションすることができます。
データに基づいて院内に改善を提案する際、医師に対しては医師同士で話した方がスムーズにいく場合が多いため、必ず医師には提案するメンバーに加えて、直接私も一緒に話をしています。ベンチマークと比較して成績が低いエビデンスを示すと、ショックを受けても向き合ってくれる先生がほとんどです。強みと弱みを示し、強みをのばしつつ、弱みの改善策も併せて伝えると協力的に動いていただけることが圧倒的に多かったです。専門の先生の声はもちろん尊重しますが、データドリブンで標準的な治療をしないと、安定した良い治療を提供できないというスタンスは譲らない姿勢を貫いています。
属人化したやり方を仕組み化していくという方針は、私の重要な判断軸です。皆仕組み化すると業務負担軽減になると思っているものはいくつもあると思いますが、自分で旗を振って仕組み化するのは面倒だと感じる人が大多数でしょう。緊急性があるものから手をつけるのも大切ですが、そうなるといつまでたっても根本的に業務負担が軽減しないので、それ以上に重要性の高いものにしっかりと着手することが重要だと考えています。手間を減らすための仕組み化やDXが嫌だという人はいませんので、まず自分が率先垂範し、仕組み作りの枠組みを一気に構築し、そのあとは現場に任せるといったスタンスをとっています。また変化を好まない人に合わせる組織にはしたくないと考えており、常に変化する組織を目指しています。
当院は、仕組み化で逆紹介率が毎月100%を超えるようになりました。基本的に、状態が落ち着いたら紹介元にしっかりと情報を共有し患者さんを戻す方針です。逆紹介がすすまない理由の一つに、逆紹介の書類を作る手間がありました。そこで、パターン毎の雛形を決めて医師事務作業補助者(医療秘書)が8割ほど記載し、医師が少し手直しをすれば、質の高い診療情報提供書ができるようにしました。作業が楽になると次第に医師が書類を定期的に出してくれるようになり、逆紹介率も徐々に上がってきました。少しの工夫で手間を減らせば、人は動きます。
病院としての方針をしっかりと打ち出すことも大切です。当院は地域医療支援病院で、紹介された患者さんを治療した後も、紹介元の連携医療機関とは密に連携し、当院で治療が必要になればいつでも診療を受けられることを、病院内の各所に張り出し、逆紹介を推奨しています。医師も患者さんに対して、そのような病院の方針だから安心して紹介元に戻るよう説明しやすくなったでしょう。
また以前は、なぜこんな症例を紹介してきたのか、この症例は他院へと患者さんを断る医師もいましたが、地域医療における当院の役割を院内全体で意識をすり合わせ、断らない方針を共有・浸透させました。連携医療機関から頼ってもらっているので、まずは当院で受けて、精査の結果対応できなければ、その時に大学病院等のより高次医療機関に搬送するという考えです。まずは患者さんをしっかり診るということが基本かと思います。医療連携を大切にすることは、今後病院が生き残っていくうえでも非常に重要です。今後も、地域にとって何が必要か、本質的に求められる役割を追求していきます。
そして、私は何よりも職員が最も大切だと思っています。人が少なくてもDXを活用して、家族と幸せに暮らし、やりがいを感じ、自身の成長や挑戦につながる仕事ができる働きやすい職場づくりをすれば、職員は患者さんに真に寄り添えるようになると思います。そうすれば病院は地域に求められ、最終的に病院の収支もついてくるでしょう。
最近、職員に対するインナーブランディングが課題だと感じています。DXのどこに価値があるのか、職員にも納得したうえで働いてほしいのです。「率先垂範」という言葉は、リーダーが模範を示す意味です。圧倒的な熱量でとにかく行動量を増やして、周囲を納得させる姿勢を貫きたいと思います。
能登半島地震を体験して、能登地域に対する想いがより強くなりました。医療介護の面で能登の人を支え、能登を新しいカタチで復興させたいと考えています。能登は日本の未来の縮図であり、今後の地域医療の在り方のモデルケースにしていきたいと思います。
世界で1番高齢化が進む日本で、特に高齢化が進み震災を経験した能登は、世界中のどこも経験をしていない状況です。やり方によってはモデルケースとなり、アドバンテージがあるとも考えています。人口が減っていく環境で生き残るには、DXで働き方を変えていくことが必要となっています。能登地域に寄り添うとともに、DXや仕組み化により医療の質を上げていけば、私たちのやり方は今後の日本に応用していけるのではと思います。
全国の他の病院のモデルになれるような取り組みを行い、最終的に日本全体の医療の質を上げていけるとしたら、それは人生をかける価値があると思っています。
恵寿総合病院は仕組みづくりで「日本一」を目指します。
2024年9月”恵寿フェス”にて
鎌 田 病 院 長( 左 )、神 野 理 事 長 補 佐( 中 )、神 野 理 事 長( 右 )
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