2026年06月02日
和歌山県の医療法人久仁会 宇都宮病院では、使われなくなった看護師寮を地域のコミュニティスペース「なるコミ」として再生しました。ランチや教室を通じて地域とのつながりを深める中で、検診や紹介入院の増加、人材採用や定着といった成果も現れています。
今回は、副理事長の宇都宮越子氏にご案内いただき、実際に「なるコミ」を訪問。“地域と関わること”が、病院の信頼や経営を支える新たな力になる、その現場を取材しました。
私は大阪出身で、筑波大学の看護学科を卒業しました。その後、看護師として勤務したのち、看護専門学校で9年間教員を務めました。教員時代に、夏休みなどの時間を使ってエステやネイルの資格を取得し、それが私にとってのダブルワークの始まりでした。
成人病センターで実習指導をしていたとき、乳がんの抗がん剤治療で爪が変色してしまった患者さんにジェルネイルでカバーできないかと試み、効果を実感しました。また白血病の患者さんの中には眉毛が抜けてしまう方もいて、アートメイクで少しでも前向きになれるのではと思い取り組んだところ、それも評判になって紹介が増えました。そうした経験が、和歌山に来てからの活動につながっています。
和歌山に来たのは、宇都宮病院の理事長の夫と結婚したことがきっかけです。当時の病院経営は厳しい状況でした。厳しい時期、半年ほどは病棟で看護師として勤務し、現場理解から始めました。
現場での日々を通じて、私は「単に医療を提供するだけではなく、地域の人々が自然と集まるような『仕掛け』を作らなければ、病院の未来はない」と直感しました。病院という枠を超えて、地域に開かれた新しい接点を作りたい。そう考えを巡らせていた時、私の目に留まったのが敷地内にある古い建物でした。
かつて看護師寮だった建物は、いつしか使われなくなり、雨漏りもする物置のような状態になっていました。当初は高齢者住宅の建設などを検討していましたが、「地域に開かれた病院」をめざす方針へと舵を切り、この空間をコミュニティスペースとして生まれ変わらせる決断をしました。こうして誕生したのが、地域の人が集う拠点「なるコミ」です。
現在、当院の病床稼働率は103%ですが、10年前は96%程度でした。実はこのコミュニティスペースへの転用が、病院経営を大きく変えるきっかけになりました。地域に開かれた居場所づくりこそが、病院の信頼を高め、経営にも好循環をもたらしたのです。

なるコミでは、「楽しい企画と美味しい食事があれば人は集まる」と考え、まずは地域の方が気軽に集まれる場をめざし、健康的な食事の提供からスタートしました。ランチは1000~1300円の価格帯(宇都宮病院スタッフは350円で提供)。調理は地元の居酒屋グループに委託しています。
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さらにワークショップや教室を定期開催する仕組みを整え、ランチ以外の時間は開放すると告知したところ、地域から「講師の先生を呼べる」「私も教室を開ける」と声が相次ぎ、当初は病院側から招いたフラダンス教室を皮切りに、自然発生的に活動が広がりました。現在はフラダンス、ヨガ、生け花など、登録教室は40〜50にのぼります。参加費は100〜500円で、先生と参加者が話し合って決める仕組みです。
初期にはフラダンス教室を無料で開催していましたが、「ボランティアの先生が車で来ているのに、交通費はどうしているの?」という地域の声が上がりました。その意見を受け、参加費の一部を交通費としてお渡しする仕組みに変更しました。”継続にはお金も必要”と地域の方皆さんが貯金箱を設置してくださった出来事は、今も象徴的なエピソードです。
なるコミは、単なる地域交流の場にとどまらず、病院経営にも大きな変化をもたらしました。 地域住民が気軽に立ち寄れる食堂やワークショップを通じて、病院が「地域の日常」に溶け込むことで、病院への信頼と認知度が格段に向上。これにより検診利用の増加にもつながりました。
さらに、地域の訪問看護ステーションや介護施設、ケアマネジャーの方々が集まる「医療と介護の未来塾」を開催し、情報交換の場を設けています。回を重ねるうちに関係性が深まり、「この人が困っているんだけど」と気軽に相談を受けるようになりました。ケアマネさんがレスパイト入院の受け入れ先に迷ったときも、「まず宇都宮病院に聞こう」と声をかけてもらえます。訪問看護師さんたちも「なるコミ」に立ち寄って食事をとりながら作業をしたりと、職種を超えた自然なつながりができています。
あえて自前で「介護施設」を持たないことで、地域のケアマネジャーや高齢者施設と競合せず、患者さんを囲い込むことなく安心して紹介していただける関係を築けました。また、急性期病院からの紹介は「頼られたら断らない」姿勢で積極的に受け入れることで、急性期後の重要な受け皿として共存共栄の関係を深めています。 現在、約14カ所の医療機関とネットワークを結び、定期的にカンファレンスを実施。機能強化型の在宅診療所も併設しており、顔の見える連携を取れる体制を整えています。
こうした地域との関係づくりが、10年前96%だった稼働率を103%まで押し上げました。病院の信頼を高め、紹介の流れを生み出したのは「地域とつながる力」です。経営の土台を強くしているのは、まさにこの力だと実感しています。
今後は、DXも活用した、よりスムーズな連携を目指しています。これまでの電話やFAX中心のやり取りに加え、クラウドシステムや動画などを活用し、転院前から患者さんのリハビリの様子や表情といった「顔の見える」情報を共有できる体制ができれば、患者さんもご家族もより安心して移動できるはずです。アナログな地域のつながりと、新しい技術を組み合わせることで、患者さんにとって最適な受診体験を作っていくことが理想だと思っています。


2026年6月オープン 新病院
地域とのつながりは、人材確保にも大きく影響しています。現在、当院は派遣会社への依存はゼロ。看護師の離職も、この半年は130人中1人が結婚で北海道に移られた程度で、ほとんどの職員が長く定着しています。一般的に看護師の離職率は20%前後と言われますが、当院はおそらく1%にも満たないと思います。
採用面接では、必ず「なぜ当院を選んだのか」を尋ねます。多くの応募者が「地域連携に力を入れているから」「ITや地域活動の取り組みに魅力を感じた」と答えてくれます。
市民体験型農園で出会った医師が、他の病院から転職してくださったこともあります。大阪や他県から、私たちの取り組みを知って応募してくれる人も増えました。ランチや教室を通じて自然に病院の雰囲気を感じてもらえることが、採用の大きな強みになっていると感じます。
働き方についても柔軟に、ダブルワークを推奨しています。例えば看護師であれば、訪問看護ステーションと掛け持ちを認め、若い世代の「いろんな経験を積みたい」という気持ちに応えたいと思っています。
中には「ヨガ講師を本業にして、看護師をサブにしたい」という方もいて、「なるコミで本業のヨガをしてください」とお伝えして採用したところ、非常に優秀な看護師として活躍された方もいます。(現在ワーホリでニュージーランドにいかれました)
新人研修では理念をしっかり伝えますが、無理に引き留めようとは思っていません。「地域に愛寄り添う」という考えに共感してくれる方に働いてもらうのが一番です。逆にコミュニティ活動に否定的な方に無理にいてもらう必要はないと思っています。
一方で、長く勤めてくれている職員はとても大切にしています。45年選手、40年選手もいて、その方たちが辞めていく姿を見たとき、再雇用の必要性を強く感じました。離職率を下げるよりも、ベテランを大切にすることの方が大事だと考えています。
地域との共創が病院の信頼を高め、その信頼が人を呼び、働く人の安定がまた医療の質を上げていく。そんな好循環が生まれています。
「なるコミ」の運営を担うのは、企画室の女性スタッフ1名。スケジュール管理からチラシの作成までを担当し、完成したチラシは毎月自治会館へ持参して回覧板に入れてもらいます。この“回覧板”が想像以上に強力で、地域の情報発信ツールとして確かな効果を発揮しています。
実は、なるコミの収支だけを見ると現在月30万円の赤字です。私は、これは地域とつながるための投資だと考えています。電柱広告や電話帳など、いわゆる「広告費」としてお金をかけるよりも、地域と直接関わる活動に力を注ぐほうが、はるかに効果的だと判断しました。そこで当院では、広告を一度すべて見直し、その分の予算を人件費として「なるコミ」に充てています。
私の役割は、外で情報を収集し、できそうなことはまず理事会に提案することです。職員も「それは良い」と感じれば前へ進めます。「また新しいことを言っている」と言われることもありますが、新しい挑戦は人の活力になります。病院は「発想者がいない」というイメージを持たれがちですが、「あれもできる、これもできる」という雰囲気があると職員も前向きに楽しめます。
たとえば今はドローン配送センター化の計画も進行中です。運営会社が運用先を探しており、「宇都宮病院で試したい」と声をかけていただきました。補助金も採択され、ドックの設置と運用を検討しています。尾花市長や鶴保議員も視察に来られ、情報連携が進んでいます。
こうした“新しいこと”をどんどん形にしていくことが、職員のやりがいにもつながり、病院全体の活力になると感じています。

振り返ってみると、私の関心はずっと「人の自然治癒力をどう高めるか」ということにありました。看護での環境づくりも、美容やネイルで患者さんの自己効力感を取り戻してもらうことも、そして「なるコミ」で人と人がつながり元気になることも、すべて根っこは同じなんです。
フラダンスの先生は10年間、休まず教室を続けてくださっています。「あまり病気をしない」と笑っておっしゃるのですが、それが嬉しいんです。元気でいてくださるから検診にも来てくれる。そんな小さな循環が、実は病院全体にとってもプラスになっています。
「なるコミ」をつくって10年。稼働率が上がり、採用難がなくなり、離職率も下がり、地域との結びつきが確実に深まりました。月30万円の支出は“赤字”ではなく“広告費”。十分に価値があり、それ以上の効果をもたらしています。
今後も、地域の皆さんと一緒に新しいことに挑戦していきます。病院は、医療を提供するだけの場所ではなく、人がつながり、楽しみ、学べる「地域のハブ」になれると思っています。そうなれば、経営は自然と良くなり、医療の質も高まる。この10年で、そのことを確信しました。
これからも、地域とともに歩み続けます。
宇都宮病院
和歌山市に位置し、患者中心の地域密着型医療を提供。健康とコミュニティを支援する"なるコミ"を併設し、市民の集いの場のなっている。在宅復帰支援や長期療養にも対応しているほか、美容医療にも取り組み、幅広いニーズに応えている。
所在地
和歌山県和歌山市鳴神505番地の4
病床数
80床(医療療養44床・地域包括ケア36床)
URL
https://www.utsunomiya-hospital.com/こんな記事も読まれています