2020年06月01日
山路 健 医師
順天堂大学附属順天堂医院 膠原病・リウマチ内科 教授、院長補佐(病診連携担当)、医療サービス支援センター長
順天堂医院で膠原病・リウマチのスペシャリストとして診療を行う傍ら、地域の医療機関と密に交流を図り、全国の私立大学の先駆けとなる地域医療連携の仕組みを構築した。2009年に開設され、地域医療連携の中枢を担う「地域医療連携室」「医療福祉相談室」「患者・看護相談室」のワンフロア化を実現した医療サービス支援センターでセンター長を担う。2019年には「入院支援センター」もセンター内に組織化し、入院前から患者さんの退院後の療養生活を見据えた体制を整備している。
団塊の世代が 75 歳以上となる2025 年に向けて、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体化し、住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けられる地域包括ケアシステムの構築が進んでいる。多種多様な患者のニーズに応じた、医療・介護サービスを提供するために、地域の大学病院の役割は不可欠だ。順天堂医院は、「大学病院こそ地域包括ケアに積極的に関わるべき」と訴える山路医師のもと、全国の大学病院に先駆けて地域医療連携への取組みに着手している。地域の医療機関や介護施設との交流を深め、早い段階で前方支援を強化し、さらには後方支援において大きな成果を上げてきている。その経緯や今後の展望を聞いた。
山路医師の医療サービス支援センター長就任は2016年1月のこと。まず着手したのは、全国にある順天堂大学同窓生の医療機関や順天堂医院が所属する医療圏の医療機関を中心とした、「連携医療機関」のネットワークづくりであった。
「医師会に対して、病院長も自ら挨拶回りを行い、当院の取り組みを伝え回りました。またOB・OGの医師や看護師も積極的に活動に協力してくれました。連携先の医療機関を管理するための検索システムを導入したことで、連携先の医療機関の情報の取り扱いがスムーズに進んだことも大きな成果に繋がった一つだと思います」と山路医師は言う。
輪はどんどん広がり、現在では順天堂医院の連携医療機関は3,769施設(2020年3月現在)と、その数は全国でも群を抜く、大きな成果を上げた。順天堂医院は大学病院の中では初診患者の割合が多く、地域の適切な受け入れ先に患者を逆紹介することが常に求められるが、検索システムでは、登録している連携先の医療機関の特徴や設備を病院スタッフ全員で共有できるため、患者の逆紹介を行う際にも大いに活用している。
さらに病院のホームページ上から連携しているクリニックの一覧が検索できるので、患者自身で連携先の医療機関の情報を閲覧することもできる。連携先の医療機関の増加にともない、地方の患者から検査や手術を受けたいという要望も増加したという。
入院が決定した患者さんが安心して治療をスタートするにあたり、大学病院としてできることがあるのだろうか。2019年に開設された入院支援センターでは、入院前の患者さんに対し、看護師、薬剤師を中心とした多職種の支援を行っている。なかでも薬剤師の介入による成果は大きく、時間を要する服薬歴の確認や断薬、減薬を入院前に指導できるようになったことで、入院後の病棟医師や看護師の負担の軽減に繋がり、結果として早期治療・手術開始を実現できている。また、看護師・ソーシャルワーカーで構成する退院支援専門チームは、入院支援センターでの支援状況をキャッチし、早期にケース介入を行っている。
この成果は在院日数にも顕著に表れており、現在の平均日数は順天堂医院の歴史の中で最短である10日未満となっている。地域連携室という部署があっても、院内の協力体制が構築できず機能していない病院も多い中、順天堂医院のように一つのチームとして成果をあげているというのは参考にすべき事例といえる。
それではどのぐらいの患者に退院支援を実施し、どれぐらいの人的投資を行っているのか。山路医師よると、まずその患者に退院支援が必要かどうか、患者にスクリーニングを行うのだという。
「現段階で退院支援が必要なのはスクリーニングを行った患者の20%ほどで月300名程度。当院の退院支援専門チーム10名で支援できる数には限界がありますので、支援の必要度合いをしっかりと見極め、各病棟の退院支援リンクナースという看護師に支援を依頼するケースも多々あります。毎週開催のカンファレンス(原則医師も出席)が効果的な支援に向けたキーポイントになります」
在院日数短縮の次に目指すべきものは何か。
「その点においては私も試行錯誤していますが、何よりも患者さんのことを一番に考え、一人でも多くの方に適切な退院支援を行っていくことが重要であり、その質を高める努力を止めてはいけないと考えています。
当院では医療連携を始めた当初から医療連携委員会という会議を毎月開催し、前方支援と後方支援の情報を院内で共有しています。診療側からすると限られた人数と限られたベッドで、どれだけ急性期の患者さんを診ることができるかに注力してしまいがちですが、現在、会議では『患者さんの退院後の療養生活への円滑な移行』のテーマに関心が高まっております。患者さんにとって良い選択肢を出せずに入院が長引いていることがありますが、そのような場合には、必ず医療サービス支援センターの退院支援専門チームに協力を要請するようにしています」(山路医師)
更にスムーズに在宅医療に移行できるよう受入れ先施設のデータベース化にも取り掛かっているという。
退院しても受け入れ先の医療機関に専門医がいない、設備がないなど、様々な要因で、住んでいる地域で適切な医療サービスを受けることが困難な場合、順天堂医院ではその施設に直接出向き、治療ベースで得られた診療情報やケアの仕方など、できるかぎりの情報を提供し、受け入れ可能な体制づくりに協力している。また患者が大学病院の方が安心だと思いこんで退院を拒むケースには、退院後も適切な病院を紹介し安心して治療が続けられるということを最初から丁寧に説明しているという。大学病院のあり方や立ち位置について、患者さんに理解してもらえるようになったことは非常に大きな成果だったと山路医師は言う。
また、人生の最期を自分らしく生きるために在宅での療養を希望する患者も増えている。順天堂医院では看護スタッフが中心となって在宅医療に関わる人たちの交流の場として「地域包括ケアを共に考える会」を立ち上げ、地域での療養における課題の共有も積極的に行っている。
「地域包括ケアを共に考える会には回復期の病棟を持つ施設、在宅医療機関、訪問看護ステーションの方など在宅に関わるさまざまな方にご参加いただいています。
もともと患者・看護相談室が中心に小規模で開催していました。立ち上げ当初は、大学病院は地域包括ケアに関係ない、と言われたこともありましたが、地域包括ケアネットワークの中に急性期病院を含む特定機能病院が入るのは当然で、重要な役割を担っていることを説明し続けてきました。その結果、今では200名程度の医療関係者にご出席をいただける会に成長しました」(山路医師)
2019 年 9 月には院内救急車を導入し、順天堂医院の医師と看護師が同乗する患者搬送体制を整えた。開始間もない時期ながら、月に 40 ~60 件ほどの出動があり、ニーズは増え続けているという。さらに、大学病院と地域のクリニック、患者さんとの間での情報共有をスムーズに行うための通院支援アプリを難病医療の分野でスタートさせた。予約の確認等、医療機関からのメッセージを受け取れるほか、カルテと連動で診療履歴や、検査日程も記録されるという。こうした ICTを活用した環境整備も順天堂医院は積極的に取り組んでいる。
「大学病院が率先してテクノロジーを採用し、地域の医療機関を巻き込みながら、さまざまな可能性に挑戦することで、医療業界の発展に繋がることを期待しています。患者さんには病気になったからといって、仕事や趣味やいろんなことを諦めないでほしい。そういう意味でも大学病院や大学病院以外の医療サービスや社会保障制度を積極的に活用していただければと思います。患者さんにとってベストな医療サービスを選択してもらうためには、環境や仕組みを整え、寄り添いながら密にコミュニケーションをとることが重要です」( 山路医師 )
地域のかかりつけ医と大学病院の医師が双方で連携をとりながら患者を支えていくことは、医療の質の向上や患者の安心感につながることは明らかだ。この考え方を広く浸透させるためにも、大学病院と地域の医療機関が普段から顔の見える交流することには大きな意義がある。地域の中での大学病院の立ち位置についても見直される時期が来ていると言える。
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