Doctor's interview
YOSHIMASA
GOHDA
国立国際医療センター
腹膜センター長
2026年1月 腹膜センターを設立
腹膜疾患に 〝 希望 〞 をつなぐ拠点へ
2026年1月、当院に腹膜センターが設立されました。
私たちは2010年から腹膜疾患の治療に取り組み、主に腹膜偽粘液腫や大腸がんの腹膜播種を扱っています。
かつては完治が困難とされてきたこれらの疾患も、正確な診断と専門的な治療によって、再び健康を取り戻せる道が開かれています。腹膜疾患の治療は非常に専門性が高く、海外では治療拠点の集約化が進んでいます。
当センターは、顧問である矢野秀朗医師が在籍した英国のナショナルセンターをモデルに、この分野に特化した万全の診療体制を整えました。私たちの強みは、総合病院として各診療科が高度な専門性を発揮し、シームレスに連携している点です。身体への負担が大きい高侵襲な手術を安全に行うため、外科医のみならず、麻酔科やICU、病棟スタッフがチーム一丸となって一人の患者さんを支える体制を構築しています。
日本国内において、腹膜疾患に特化し高度な治療を提供できる施設はまだ十分ではありません。
私たちは腹膜センターを国内の治療拠点と位置づけ、腹膜疾患治療の未来を切り拓くリーダーシップを発揮していきたいと考えています。
お腹にゼリーが溜まる稀少疾患「腹膜偽粘液腫」
腹膜偽粘液腫は、お腹の中にスライムのような粘液が溜まっていく病気です。主な原因は、虫垂にできた腫瘍が破裂し、粘液を作る細胞がばら撒かれることにあります。
初期症状は虫垂炎に似ていることもあるため、手術で偶然見つかることもあれば、お腹の張りや「太ってきた」という感覚で気づく場合もあります。この疾患は「がんのようで、厳密にはがんでない」という悪性度の低いタイプが典型的ですが、放置すればゆっくりと確実に粘液が増え続けます。また、中には悪性度が高いタイプも存在します。
治療の基本は手術です。
早期に診断し、適切な初期治療を開始できるかどうかが、その後の経過を大きく左右します。
何もしなければ、お腹は臨月の妊婦さんのように膨らみ、食事が摂れなくなって腸閉塞を招くなど、命に関わる事態となります。しかし、適切な手術を行うことができれば、5年生存率は80%弱に達します。
この病気は消化器外科や婦人科の医師が一生に一度出会うかどうかというほど稀で、発生率は年間100万人に2人程度、日本全体でも年間約300人とされています。実際、当センターのセカンドオピニオンには年間約200人の方が相談に訪れています。
診断において注意すべきは、卵巣腫瘍や鼠径ヘルニアとの見分けです。中高年の女性の場合、虫垂から広がった粘液によって卵巣が赤ちゃんの頭ほどに腫れ、婦人科で初めて見つかるケースや、手術中に粘液が見つかり当院へ紹介されるケースが少なくありません。
また、粘液が足の付け根に押し寄せ、鼠径ヘルニアと間違われて手術を受けたことで判明する場合もあります。
最近では、術前の画像診断の進歩により、精度高く見極められるケースも増えています。
地域医療における診断のポイントは「腹水」の捉え方です。
腹水が見られると通常は消化器がんなどの末期状態と考えがちですが、腹膜偽粘液腫の可能性も忘れてはなりません。一般的には総合病院でのCT検査で「液体」か「粘液」かを判別することになりますが、非常に珍しい病気であるため、医師からの紹介だけでなく、ご自身で調べて来院される方も多くいらっしゃいます。
そのため当センターでは、セカンドオピニオンの受け入れを重視しています。
2010年以降、学会や論文を通じてこの疾患の啓発を続けてきました。
その成果もあり、近年は以前に比べて専門的な治療へ繋がるスピードが確実に早まっています。
治らないとされてきた大腸がんの腹膜播種に、精度の高い治療を
従来、大腸がんが腹膜に転移する「腹膜播種(ふくまくはしゅ)」の状態になると、余命半年と言われることも多く、非常に厳しい状況であるのは事実です。しかし、適切な手術を行えば完治を目指せる方もいらっしゃいます。
日本でも軽度の播種であれば完全切除が推奨されるようになりました。海外では「取れる病変はすべて取り切る」という考え方へシフトしていますが、日本ではまだその方針が十分に浸透していないのが現状です。
私たちは、海外の新しい医学情報も意識して治療しています。
例えば、日本では播種の状態を3段階で分ける方法が一般的ですが、欧米ではお腹の中を13のエリアに分け、それぞれの病状を0点から3点で数値化するPCIスコアという指標が使われてきました。この詳細な分類法を採用することで、患者さん一人ひとりの状態を厳密に把握し、より適切な治療方針を導き出しています。
また、診断の精度を高めるための検査体制も追求しています。
一般的なCT検査は5mm程度の厚さで撮影しますが、播種は非常に細かな病変が多いため、私たちは1mmレベルの極めて薄いスライス画像で徹底的に確認します。
さらに、CTやPET検査でも判断が難しい場合には、腹腔鏡でお腹の中を直接確認する、診査腹腔鏡を行います。
これにより、実際に切除が可能かどうかを正確に見極め、納得感のある治療へと繋げています。
腹膜疾患に立ち向かう術式
腹膜偽粘液腫に対しては、完全減量手術(CRS)と術中腹腔内温熱化学療法(HIPEC)を組み合わせるのが世界的な標準治療です。
CRSは目に見える病変を腹膜ごと徹底的に取り除く手術です。
一方のHIPECは、切除後に温めた抗がん剤を腹腔内に直接流し込む治療法で、手術では取り切れない微細な病変に対する治療効果が期待されています。腹膜偽粘液腫の経過は、このCRSとHIPECを適切に行えるかどうかにかかっています。
海外ではこれらを同時に行うことが一般的ですが、日本ではHIPECが保険適用外のため、同時実施は自費診療となり、経済的負担が生じます。患者さんの状態やご希望をふまえ、片方のみ、あるいは同時実施するかを慎重に相談して決定しています。
さらに、新しい取り組みとして、抗がん剤をエアロゾル(霧状)にして腹腔内へ散布する方法である加圧腹腔内エアロゾル化学療法(PIPAC)の導入を予定しています。実施には特別なライセンスが必要なため、私たちのチームはフランスでの研修を終えてライセンスを取得いたしました。2026年4月ごろからの実施を目指して準備を進めています。
"病気を治す"のその先へ。生活の質と将来を守るための配慮
手術後、およそ2人に1人程度の割合で、一時的に人工肛門(ストマ)を設置しています。直腸を切除すると縫合不全などのトラブルが起きやすいため、安全を優先して3ヶ月ほど人工肛門を使用しますが、最終的にはほとんどの方が元の状態に戻れるよう治療を行っています。
また若い女性の患者さんの場合は、将来お子さんを授かる能力、妊孕性への配慮も欠かしません。腹膜疾患の手術では、病巣を完全に取り除くために子宮や卵巣の切除が必要になるケースが多くあります。
しかし、私たちはできる限り患者さんの希望を尊重しています。
術前に卵子を凍結保存し、子宮を残すことで、治療後に人工授精を経て妊娠・出産を実現された方もいらっしゃいます。
また、悪性度が低い典型的なケースであれば、まず腹腔鏡で病巣を取り除き、卵巣を洗浄した上で、妊娠・出産を優先してから本格的な手術を行うという選択肢もあります。
病気を治すことはもちろん、その後の人生をどう生きたいかという想いに寄り添い、共により良い道を考えていきます。
外科医として、患者さんを救う最後の砦であり続ける
私が腹膜疾患を専門に選んだのは、今もメンターと仰ぐ顧問の矢野秀朗医師との出会いがきっかけでした。
30代の頃、胃がんになった友人が私を訪ね、検査をして腹膜播種だと分かりました。
上の先生に相談しても、ほとんど最初から諦める言葉ばかりでした。今思い返しても、友人は確かに厳しい状態ではありましたが、諦めるしかないのか、違和感がずっと残っていました。
そんな中、2009年に矢野先生が英国から持ち帰った革新的な治療(CRSとHIPEC)を知り、大きな衝撃を受けました。
その後矢野先生のもとで研鑽を積み、この道を歩んできました。2017年に先生が英国へ戻られた後も、受け継いだ信念を日本で確立しようと取り組んでいます。
外科医師として大切にしているのは「諦めたら終わり、かといって無理はしない」という絶妙なバランスです。外科は患者さんにとって最後の砦。適切に手術を受けられる方を一人でも増やしていかなければなりません。
私は病気で苦しむ方を救うこの仕事を、天職であり生きる道だと信じています。
今、外科医師は少なくなりつつあり、外科ではミニマムな治療が取り上げられ、多くの病院で共通した手技を行う風潮になってきました。
術者にも負担がかかる大きな手術を目指す医師は減っています。
しかし、お腹に散ったがんを取る開腹手術は今も必要で、手術をすれば助かる患者さんがいます。私の専門である腹膜疾患の分野はニッチな世界と言われますが、この道を極めれば助かる人がいる、言い換えれば自分が医師になった意味を感じられるやりがいのある領域と考えています。
腹膜センターという組織を確立したことで、志ある若い外科医師が集まってくれることを願っています。
今後は全国に拠点となる施設が増えるよう、セミナーの開催や短期留学の支援など、人材育成にも尽力したいと考えています。
不安を「希望」に変えるために
多くの患者さんが、腹膜疾患の診断がついた時点で「治療法がない」「助からない」といった言葉をかけられ、深い絶望とともに来院されます。私たちの最初の仕事は、まだ希望があることを伝え、落ち込んでいる患者さんの心から立て直すことだと思っています。
専門的な知見から丁寧な説明を行い、患者さん自身が納得して治療を選択できるよう寄り添います。精度の高い治療によって、道が開ける可能性は十分にあるのです。
治療後のフォローアップにおいても、遠方から来院される患者さんの場合は、半年に一度の定期検査を基本としつつ、その間は地域の先生に診ていただけるよう、詳細な報告と申し送りを徹底しています。
地域の先生方からは、診断をつけてから紹介すべきかというお尋ねをいただくことがありますが、怪しいと思った段階でご紹介いただければ幸いです。
「もっと早く来院いただければ」というケースも少なくありません。
まずは気軽にご相談ください。
私たちは一人でも多くの患者さんを救うため、力を尽くしてまいります。
国立国際医療センター
高度急性期医療と先進研究を担う特定機能病院。救急・感染症・がん・国際診療など幅広く強みを持つ。 2025年4月1日、国立国際医療研究センターと国立感染症研究所が統合し、「国立健康危機管理研究機構(JIHS)」が設立。
所在地
東京都新宿区戸山1-21-1
病床数
716床
URL
https://www.hosp.jihs.go.jp/index.html