Doctor's interview
CHIHAYA
HINOHARA
国立健康危機管理研究機構 国立国際医療センター
国際診療部 部長
言葉や文化の壁を越え、安心して受診できる医療を
国際診療部は、さまざまな国や地域の背景をもつ患者さんが安心して受診できるよう支える部門です。それと同時に病院スタッフがなるべくいつもと同じように医療が提供できるようにサポートする部門です。
日本で暮らす方や旅行中の方など、それぞれの状況に合わせて、医療コーディネーターと医療通訳が医師と連携しながらきめ細かく対応しています。
また当院では、多言語での対応や文化・宗教への配慮にも力を入れ、外国人患者さんの受け入れ体制を評価するJMIP(外国人患者受け入れ医療機関認証)の認証も取得しています。言葉や制度の違いで困ることがないよう、必要な医療につながるまで丁寧にサポートしています。
新宿という地域で必要な医療へ確実につなぐ支援
国際診療部は2015年4月に設立されました。この10年で新宿区の国際化は急速に進み、現在では住民の約14.5%、およそ7人に1人が外国籍の方です。観光客もコロナ禍後に大幅に増え、年間で一千数百万人が訪れています。当院は海外からの渡航者や在住者が多いエリアに位置しており、外国籍の患者さんも安心して受診できる体制づくりが年々重要になっています。
国際診療部では、日本に暮らす外国籍の方、旅行や出張で来日中に体調を崩された方、治療を目的に来日する方など、多様な背景をもつ患者さんを支援しています。健康保険の加入状況や滞在目的によって受診方法が異なるため、言語のサポートに加えて、日本の医療制度や受診方法の案内も行い、必要な医療にスムーズにつながるよう取り組んでいます。
治療計画が在留資格の内容や期限に左右されることもあります。たとえば、がん治療を始める時点で保険証の期限が残りわずかな場合は、治療の進め方を再検討する必要があります。最終的な治療方針は診療科が決めますが、国際診療部では患者さんの背景に合わせて説明や調整を行う役割を担っています。
また、病気が原因で働けなくなるケースにおいては、就労ビザに影響があり、帰国を検討せざるを得ない場合もあります。透析治療が必要となった外国籍の方のケースでは、企業と連携し、生活と治療の両立について一緒に検討しました。職種や体調、企業の協力によっては、仕事と治療を両立できる場合もあります。このように、国際診療部では病状だけでなく、働く環境や在留資格など社会的背景にも寄り添いながら支援を行っています。
多様な状況に応える“対応力”と“専門性”
国際診療部には、医師、看護師資格を持つ医療コーディネーター、医療通訳、事務助手など多職種のスタッフが在籍しています。多国籍であり、留学経験や国際協力の経験を持つスタッフも多く、多言語対応に強い人材が揃っていることが特徴です。
医療コーディネーターは全員が看護師資格を持ち、診療現場と患者さんをつなぐ中心的な存在です。診療に同席した医療通訳から情報を受け取り、診療科との調整を行うなど、患者さんが安心して治療を受けられるよう支援しています。
外国籍の患者さんを受け入れる現場では、通常の病院では経験しにくい場面に直面することがあります。特に旅行中の方の入院は緊急性が高く、重い病状のまま帰国される場合や、不幸な転機を迎えることもあります。こうした際には、家族への連絡、帰国便の手配、旅行保険会社との調整など、医療以外の支援も必要です。医療コーディネーターは外部の企業や関連団体とも連携しながら、患者さんとご家族を支える重要な役割を担っています。
“ことばの不安”を解消するために
診療において言葉の違いは、理解や意思決定に大きく影響します。当院では、言語が理由で患者さんが不利益を受けることがないよう、医療通訳の活用を積極的に進めてきました。現在では院内での利用が広く浸透し、安心して診療を受けられる体制の柱となっています。
英語・中国語・ベトナム語・ミャンマー語・ネパール語を担当する医療通訳が在籍し、新宿区で多い主要言語の多くをカバーしています。対応が難しい希少言語については、外部企業による遠隔医療通訳を組み合わせ、24時間体制で支援できるよう整えています。
医療通訳には、単に言葉を置き換えるだけでなく、患者さんの理解度に応じて表現を調整し、反応を見ながら正確に伝える高度なスキルが求められます。当院の医療通訳や協力企業の通訳者も、経験豊富なスタッフが揃っており、緊急時や重症なケースにも的確に対応できる体制が整っています。
これまで通訳費は病院が負担しておりました。しかしながら外国籍患者の受診が増え、医療通訳体制を維持するためのコストが高くなり、これまで病院負担としていた医療通訳料を2025年12月より患者さんに請求することとなりました。患者さんには理解を求めますが、患者さんの負担となります上、近隣及び連携している医療機関の先生方にも少なからず影響を与えることになるかと思います。
これまで以上に、地域の連携を図り、地域全体で外国人を含む住民の医療を支える働きかけにも努めたいと考えております。
多様性に配慮し、一人ひとりに寄り添う
国や文化が異なれば、食事の習慣や宗教的な配慮、医療への考え方も大きく変わります。当院では、入院中の食事でも宗教や信条への配慮を徹底しています。たとえば、アルコールが禁じられている患者さんには、調味料に含まれるアルコールについてまで丁寧に確認するなど、その方に合わせた対応を行っています。
病気に対する捉え方にも文化差があります。例えば、「炎症」と呼ぶ概念が母語に存在しない地域もあります。医療通訳は、患者さんが理解しやすい言葉に言い換えるなど工夫し、誤解なく診療内容が伝わるよう努めています。生活習慣病の指導でも、食文化や生活リズムが異なるため、日常生活を丁寧に伺いながら対応しています。
さらに、がんなど命に関わる場面では、文化的な死生観や家族観が選択に影響します。「日本で治療を続けるか、帰国して家族のそばで過ごすか」といった決断は珍しくありません。どなたにとっても人生に関わる意思決定は初めての経験です。文化や言語の違いが重なるなかで迷う患者さんに寄り添い、適切な選択ができるよう支える姿勢を大切にしています。
適切な受診行動が、持続可能な医療につながる
「受診行動」とは、体調を崩したときに“どこを受診するか”“どう行動するか”という一連の流れを指します。これは個人の考え方だけでなく、育った国の医療制度や文化にも大きく左右されます。日本では、まずクリニックを受診し、必要に応じて病院へ紹介される仕組みが一般的ですが、国によっては最初から病院に行くことが当たり前という地域もあります。実際、どこに行けばよいかわからず救急車を呼んでしまうケースも見られます。
特に留学生や若い世代の方々は、来日後に病気になることを想定していないことがあり、受診先の選び方や保険制度の理解が十分でないことが少なくありません。いざ具合が悪くなってから医療機関を探すのは難しいため、普段から「近くにどんなクリニックがあるか」「診療時間はいつか」といった基本的な情報を知っておくことが、とても大切です。学校や企業からご依頼があれば、日本での“病院のかかり方”についてセミナーも行います。
当院には遠方からも多くの外国人患者さんが来られていますが、理想は“住んでいる地域で適切に診療を受けられること”です。よりよい医療を継続していくためには、医療機関と患者さんの双方が協力し、地域全体で理解を深めていくことが欠かせません。特定の医療機関に多国籍の患者さんが集中すると、患者さんにとっても地域にとっても負担が生じます。私たちは、外国籍の方の受診に取り組みたい医療機関からの見学や相談にも応じ、地域全体で支え合える体制づくりに貢献したいと考えています。
海外から日本の医療につなぐサポート
当院では、海外に在住する方からのオンライン・セカンドオピニオンにも対応しています。日本の医療について意見を求められるケースが多く、在外邦人の方が利用されることもあります。また、海外駐在中や旅行中の方が不慮の病気で入院し、自力での帰国が難しい場合には、帰国後すぐ治療につなげるための緊急医療搬送の受け入れも行っています。
さらに、日本の医療を求めて来日される“医療インバウンド”の患者さんにも対応しています。がんを中心に、糖尿病や心臓病など多岐にわたる疾患についてお問い合わせが寄せられ、ご自身の国で受けられる医療と日本での治療の選択肢を比較しながら、納得して治療を選べるよう支援しています。
海外から日本の医療へつなぐ役割は、国際診療部の重要な機能のひとつであり、地域だけでなく国境を越えた医療支援にも力を注いでいます。
多様な患者さんを地域で支えるために
幼少期をカナダで、主夫としてイギリスで過ごした経験から、私は“自分がマイノリティとして暮らす状況”を体感してきました。母語ではない環境で医療を受けるときの不安や戸惑いは大きく、その経験はいま外国籍の患者さんに向き合う際の配慮につながっています。
現在の日本では、多国籍の方が急速に増える一方で、受け入れる側の体制が地域によって追いつかない場面もあります。患者さんは在留資格や保険制度など背景がさまざまで、医療機関の対応が意図せず差別と受け取られる可能性もあります。そのため、言葉の選び方や説明の仕方に細心の注意を払い、安心して診療を受けられる環境づくりを大切にしています。
新宿には現在130を超える国籍の方が暮らしており、当院には遠方から来院される患者さんも少なくありません。私たちは医療を提供するだけでなく、地域の医療機関が適切に対応できる環境づくりにも貢献したいと考えています。ご依頼があれば、医療機関向けのセミナーなどにも積極的に協力いたします。
地域によって状況は異なりますが、誰もが安心して医療につながれることが何より大切です。多様な背景を持つ方々が日本でも安心して暮らせるよう、地域とともによりよい医療環境を築いていければと思っています。
国立国際医療センター
高度急性期医療と先進研究を担う特定機能病院。救急・感染症・がん・国際診療など幅広く強みを持つ。 2025年4月1日、国立国際医療研究センターと国立感染症研究所が統合し、「国立健康危機管理研究機構(JIHS)」が設立。
所在地
東京都新宿区戸山1-21-1
病床数
716床
URL
https://www.hosp.jihs.go.jp/index.html