難治性喘息に挑む新たな体制
多診療科連携で実現する集学的治療
横浜市立大学附属病院 難治性喘息治療センター(以下、当センター)は、難治性喘息の患者さんに対し病態に関与する複数の診療科が協力して集学的な治療を提供することを目的に、2025年6月に設立されました。新しい画像診断技術を駆使して、一人ひとりの患者さんに適した生物学的製剤を用い、ガイドラインに基づいた先進的な喘息治療を行っています。当センターでは、呼吸器内科・耳鼻いんこう科・皮膚科の3診療科が密に連携し、各専門の視点から総合的に診療を行う体制を整えています。
重症喘息の患者さんを包括的に診療
金子センター長(呼吸器内科)
喘息患者さんのうち、約1割が難治性とされていますが、その半数ほどは不適切な治療や吸入薬の使用方法が正しくないケースと考えられています。最終的に「難治性喘息」と診断される方は全体の約5%、全国でおよそ30万人と推計されています。
現在、難治性喘息の治療には、5種類の生物学的製剤が使用されています。これらは、従来の薬剤とは異なる作用機序で炎症を抑えるため、高い治療効果が期待できます。喘息治療の基本は、吸入ステロイド薬に吸入気管支拡張薬等の併用となっていますが、効果が不十分な場合には、これまでは経口ステロイド薬が投与されていました。また、発作の際にも経口や点滴によるステロイド薬(全身性ステロイド薬)が投与されます。現在でも多くの難治性喘息の患者さんは全身性ステロイド薬による治療を受けています。しかし、全身性ステロイド薬は、糖尿病、胃潰瘍、易感染性や骨粗しょう症など全身性の副作用が生じやすいことが問題となっています。こうした副作用により、生活の質が低下することがあります。
当センターは、こうした難治性喘息そのものによる呼吸器症状、さらに全身性ステロイド薬の副作用でお困りになっている患者さんを支援することを目的に設立され、安全で最適な治療を目指しています。
難治性喘息の患者さんの中には、呼吸器疾患だけでなく、耳鼻いんこう科や皮膚科領域のアレルギー疾患を併発している方も少なくありません。当センターでは、喘息という一つの病気や肺だけにとらわれず、全身を総合的に診療することを基本方針としています。
呼吸器内科・耳鼻いんこう科・皮膚科の密な連携で質の高い治療を提供
金子センター長
当センターでは、呼吸器内科、耳鼻いんこう科、皮膚科が協力して、一人の患者さんを多角的に診療することで、患者さん一人ひとりに合わせたより適切な治療につなげています。
たとえば、喘息患者さんは、アレルギー性鼻炎や好酸球性副鼻腔炎などの鼻や副鼻腔(上気道)の疾患を併発することがよくあります。こうした上気道の併存疾患は、喘息の病態を悪化させるため、耳鼻いんこう科との密な連携がとても重要になります。同様に、喘息患者さんは、アトピー性皮膚炎や蕁麻疹などの皮膚疾患も併存することが多いため、皮膚科とも密な連携を行っています。
折舘副センター長(耳鼻いんこう科)
難治性喘息治療センターは、喘息を全身的に捉え、包括的に治療することを目的に設立されました。
気道は上気道と下気道に分けられますが、喘息は下気道の疾患として呼吸器内科が、アレルギー性鼻炎などの上気道疾患は耳鼻いんこう科が担当します。
しかし、花粉症の一部のように病因が共通している例も多く、「One airway, one disease(ひとつの気道、ひとつの疾患)」という考え方のもと、上気道から下気道まで一貫した治療が理想です。
山口副センター長(皮膚科)
皮膚科領域では、乳児期の乾燥肌や湿疹をきっかけに、成長とともにアトピー性皮膚炎、食物アレルギー、気管支喘息、蕁麻疹と発症が連鎖する「アレルギーマーチ」が知られています。
アトピー性皮膚炎の多くはクリニックで治療されていますが、皮膚症状と喘息の両方が重症な場合には、呼吸器内科と皮膚科の協働診療が必要です。
当科では、生物学的製剤やJAK阻害薬などを用いた新しい皮膚科治療を導入しており、喘息治療との連携もスムーズに行っています。
折舘副センター長
日本人の約4割がアレルギー性鼻炎を有していますが、その中でも当センターでの治療が適しているのは、金子センター長が述べたように、喘息の重症化と関連の深い「好酸球性副鼻腔炎」などの疾患です。
好酸球性副鼻腔炎は喘息の重症化と密接に関係しており、厚生労働省の難病指定を受けています。従来は手術による治療が中心で、術後半年から数年で再発するケースが多い疾患でした。しかし、生物学的製剤の登場により、再発率の低下が期待できるようになりました。
当センターでは、耳鼻いんこう科が呼吸器内科や皮膚科と連携して診療を行っており、これが患者さんにとって大きな利点となっています。難治性喘息の患者さんは全身麻酔の管理が難しい場合があるため、術前に呼吸器内科で喘息のコントロールを行う体制が有効です。
一方で耳鼻いんこう科では、鼻腔内の状態を専門的に診察し、生物学的製剤の投与によってどのような改善がみられるかを、患者さんの自覚症状とあわせて評価しています。
山口副センター長
当センターでは、喘息をきっかけとして受診された患者さんに、アレルギー性の皮膚症状がある場合に、当科で適切な皮膚科治療へとつなげています。
時折、「アトピー性皮膚炎だと思ってステロイドを塗布していたが、実際には皮膚真菌症やリンパ腫だった」というケースも見られますので、皮膚科医による正確な診断が重要です。また、喘息治療のためにステロイドを一時的に内服し、呼吸状態は改善したにも関わらず、皮膚の状態を良くするために不必要なステロイド内服を継続している症例も経験します。基本となる外用療法を指導し、重症度に応じて、ステロイド内服以外の全身療法を適切に選択することが重要です。
私たちは、患者さんが医学的に正しい知識を持って治療に臨めるよう、指導と啓発を行うことも重要な役割と考えています。
金子センター長
喘息では、他の呼吸器疾患を併発することが少なくありません。たとえば、COPD(慢性閉塞性肺疾患:Chronic Obstructive Pulmonary Disease)や気管支拡張症、非結核性抗酸菌症を併発すると、喘息が重症化しやすく、より専門的な治療が必要となります。
喘息の他に慢性呼吸器疾患をお持ちの方や、複数の呼吸器疾患を併発している方は、ぜひ当センターにご相談ください。
病態に応じて生物学的製剤を使い分け、より精密な治療を実現
金子センター長
現在、難治性喘息には5種類の生物学的製剤が用いられています。最初に登場した薬剤は、抗IgE抗体で、主にアトピー性(IgEの関与が大きい)喘息に使われています。次に、好酸球を活性化するサイトカインであるIL-5の働きを抑える抗IL-5中和抗体や抗IL-5受容体抗体が開発されました。さらに、気道の炎症や気道粘液過分泌に関わるIL-13とIL-4を抑えるIL-4受容体α鎖抗体が続き、最も新しい薬剤は抗TSLP(胸腺間質性リンパ球新生因子:Thymic Stromal LymphoPoietin)抗体で、ILC2(2型自然リンパ球)を介した2型炎症(好酸球を主体とするアレルギー性炎症)、さらに非2型炎症も抑制することで、幅広い気道炎症の軽減が期待されています。
現在のところ、これら5種類の製剤の使い分けに明確な基準はありません。各薬剤の作用機序を理解したうえで、併存症の有無や症状の特徴に応じて適切に選択することが重要です。当センターには、耳鼻いんこう科や皮膚科があるため、喘息だけでなく全身の状態を総合的に評価したうえで治療方針を決定できます。生物学的製剤による治療は、通常2~4週間に1回の投与を行い、2か月ほどで症状が落ち着くケースが多く見られます。尚、ほとんどの薬剤が自己注射も可能になっています。
重症喘息の診療と研究をリード
金子センター長
当センターでは、新しい画像診断技術として気道のCT画像を3Dで再構成した「気道樹」を用いて気道の状態を評価し、診療に活用しています。
従来、喘息の気道が狭くなり換気障害をきたす原因として、気道を取り巻く平滑筋の収縮、気道粘膜の浮腫、そして気道分泌物の貯留が重要とされてきましたが、近年では気道内に「粘液栓」が形成され、気道が塞がることが難治性喘息の重要な病態であることが明らかになってきました。
気道の粘液栓形成の診断とその程度の評価法として、CT画像で気管支を1本ずつ詳細に観察し、粘液栓が存在する気管支を数えることによって得られる「粘液栓スコア」が用いられています。しかし、この評価法は算出にとても時間がかかり、また熟練を要するため、広く普及させることは極めて困難です。そこで、画像処理ソフトにより自動作成できる「気道樹」を用いることで、粘液栓の有無や気道の状態を立体的に可視化でき、直感的に把握できるようになりました。
好酸球が関与するアレルギー性の「2型炎症」による喘息では、生物学的製剤選択は、これまで試行錯誤的に行われておりました。
当センターでは、この気道の状態を反映する「気道樹」の画像パターンをもとに、より適切な治療薬を選択できる体制を構築しています。尚、画像診断には、多列検出器を備えた多列MDCT(Multi-Detector-row CT)を使用し、従来よりも高精細かつ広範囲な撮影を短時間で行うことが可能です。
また当センターでは、難治性喘息に対する最適な治療法の確立を目指し、「気道樹」の構造解析をはじめ、生物学的製剤の適切な使い分けに向けた新規バイオマーカーの探索や、臨床的寛解を目標とした治療戦略に関する全国多施設共同臨床研究を進めています。当センターの原 悠准教授は、全国約20大学から構成される研究組織J-CIRCLEのリーダーの一人として、生物学的製剤を必要とする難治性喘息症例を対象とした国内最大の臨床研究を牽引しています。
ガイドライン作成の経験を活かし、エビデンスに基づく治療を実践
金子センター長
当センターでは、学会が作成する疾患ガイドラインに準拠した治療を実践しています。
私は日本呼吸器学会「咳嗽・喀痰の診療ガイドライン第2版2025」作成にあたり、喀痰部門委員長を務めました。このほか、日本呼吸器学会「難治性喘息診断と治療の手引き2023」「喘息とCOPDのオーバーラップ 診断と治療の手引き第2版2023」、日本アレルギー学会「喘息予防・管理ガイドライン2024」、日本喘息学会「喘息診療実践ガイドライン2024」の作成にも携わっています。当センターではこれらのガイドラインに基づき、医学的根拠(エビデンス)に裏付けられた最先端の治療を提供しています。
遠方からも多くの患者さんにお越しいただいており、これからも大学病院ならではの専門性と、当センターの独自の強みを生かした医療を提供して参ります。
全身性ステロイドを多用しない、より持続的な喘息治療を
金子センター長
喘息の治療は、前述のガイドラインに基づき行います。基本となる治療は吸入ステロイド薬(ICS)で、重症度に応じてICSの投与量を調整します。さらに、長時間作用性β₂刺激薬(LABA)や長時間作用性抗コリン薬(LAMA)の吸入気管支拡張薬、ロイコトリエン受容体拮抗薬を併用します。必要に応じて、テオフィリン徐放性剤や喀痰調整薬を追加して気道の状態を整えていきます。
それでも十分にコントロールできない場合には、経口ステロイド薬が必要となる段階に進んでしまいます。年に数回でも経口ステロイド薬を使用している方は、生物学的製剤の導入を検討すべきタイミングです。また、前述の標準治療を行っても症状コントロールが難しく、早朝や夜間に発作で目が覚める、学校や仕事を休むほどの発作が起こるような患者さんは、当センターでの治療対象となります。
かつて、難治性喘息では他に有効な治療薬が存在しなかったため、全身性ステロイド薬を投与する治療が一般的でしたが、全身性ステロイド薬を長期連用すると、さまざまな副作用が生じます。これらには、糖尿病、胃潰瘍、易感染性、骨粗鬆症などがあります。
私たちは、生物学的製剤の併用により、全身性ステロイド薬の中止や投与量の減量を目指した治療を実践しています。また、非専門の先生方に対しては、全身性ステロイド薬の投与を可能限り控えるという意識を広めたいと考えています。さらに、年に数回でも喘息発作で全身性ステロイド薬を使用している患者さんには、生物学的製剤の導入を検討していただけるよう、研究会や地域の先生方との交流の場を通じて啓発活動を続けています。
「臨床的寛解(クリニカル・レミッション)」を目指し、安定後は地域の先生方へ
金子センター長
生物学的製剤の登場により、難治性喘息の治療において「臨床的寛解(クリニカル・レミッション)」を目指せるようになりました。臨床的寛解とは、適切な治療を続ける中で、症状や発作がなく、呼吸機能が正常化または安定している状態を指し、次の4つの項目を満たすと定義されています(日本アレルギー学会「喘息予防・管理ガイドライン2024」)。
当センターでは、難治性喘息の患者さんに対しても、臨床的寛解を目標とした治療を実施して、症状が安定した段階で地域の医療機関に逆紹介しています。
折舘副センター長
地域の耳鼻科の先生方は、多忙な診療のなかで難治性喘息の対応を担うのは容易ではありません。呼吸器内科で投薬治療を受けている患者さんに薬を追加する際には、密な連携が欠かせません。好酸球性副鼻腔炎で手術が必要な場合には、生物学的製剤を併用しながら術後半年ほど経過を観察し、落ち着いた時期に地域の先生方と情報を共有しつつ、継続的に診療をお願いしています。
山口副センター長
アトピー性皮膚炎は患者数が多いため、難治性喘息の患者さんの中には、皮膚科医の診察を受けずに他科で長くステロイド軟膏を塗布している患者さんがいらっしゃいます。当センターで喘息と同時に、アトピー性皮膚炎の治療ができるのは利便性が高いでしょう。アレルギー疾患に重要な生活環境といった共通の病因に対して、皮膚科でのアプローチもしやすくなります。当センターでは、患者さんが通院しやすいよう、できるだけ同日に複数診療科を受診できるよう調整しており、センターとして「診療科の隙間を埋める存在」でありたいと考えています。
金子センター長
当院では、地域医療機関との連携を最も大切にしています。当センターにおいても、地域の先生方からご紹介いただいた難治性喘息の患者さんを集学的に診療し、症状が安定した後は地域での診療にスムーズに移行できるようサポートしています。
私たちは、難治性喘息の患者さんが、安全かつ最適な治療によって、健康な人と変わらない生活を送れることを目指しています。また、地域で安定した治療を継続できる環境を整えるため、今後も地域の先生方と連携を深めながら全力で治療に取り組んで参ります。
横浜市立大学附属病院
『市民が心から頼れる病院』の理念のもと、『高度かつ安全な医療』の提供とともに、 神奈川県にある唯一の公的医育機関附属病院として、『質の高い医療人を養成』することを使命に診療。
所在地
神奈川県横浜市金沢区福浦3丁目9
病床数
671床 (一般:612床、精神:23床、結核:16床、臨床試験専用病床:20床)
URL
https://www.yokohama-cu.ac.jp/fukuhp/