人工股関節をはじめとする様々な手術方法

岩瀬医師：浜松医療センター整形外科「下肢関節再建・人工関節センター」は、股関節疾患の治療を多く手がけているのが特徴です。
人工股関節置換術や人工股関節再置換術に代表される、成人股関節疾患に対する外科的な治療をしています。長期成績の報告といった学術的な活動や手術技術の教育活動にも取り組み、全国から手術見学を受け入れてきました。
高齢者の大腿骨近位部骨折といった骨粗鬆症による骨折、全年齢層の外傷に対して外科治療をしています。このほか、膝関節靭帯損傷や半月板損傷に対する関節鏡視下手術、人工膝関節置換術も行っています。当院では、必要な方には早期に手術を行い、リハビリテーション（リハビリ）を専門とする地域の医療機関とスムーズに連携する方針です。

脊椎外科の分野では、外傷や腫瘍に加えて脊椎の変形や加齢変性に対する手術をしています。近年、脊椎外科の先進的な治療として「椎間板内酵素注入療法」が一般的になってきました。腰椎椎間板ヘルニアを手術ではなく注射で治療する方法です。

究極の低侵襲治療である「椎間板内酵素注入療法」

小林医師：脊椎は首から腰まで伸び、幅広い病気があります。私は椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症、腰椎すべり症、後弯症や側弯症といった脊柱変形に対する脊椎外科が専門です。また脊椎腫瘍や脊髄腫瘍といった腫瘍、黄色靭帯骨化症や後縦靭帯骨化症などの脊柱靭帯骨化症、椎体骨折をはじめとする脊椎外傷や脊髄損傷も担当しています。

椎間板内酵素注入療法は、椎間板ヘルニアに対する生化学的な治療法です。椎間板ヘルニアには、直視下あるいは顕微鏡や内視鏡で確認してヘルニアを切除する手術が行われてきました。椎間板内酵素注入療法は、切開せずに注射でヘルニアを治療する方法です。当院では5年ほど前に椎間板内酵素注入療法を導入し、2021年には従来の顕微鏡視下椎間板ヘルニア切除術より症例数が上回りました。2023年には椎間板ヘルニア切除術が10件に対し、椎間板内酵素注入療法は24件と2倍以上になっています。

ハイブリッド手術室、術中神経機能モニタリングで精度の高い手術

小林医師：2024年1月に新棟が開設され、3月からハイブリッド手術室が使えるようになりました。ハイブリッド手術室は、血管造影Ｘ線やＣＴ画像撮影装置が一体となった手術台を備える設備です。整形外科の手術では、これまでも三次元のナビゲーションシステムを活用してきました。しかしハイブリッド手術室で術中にCTによる精密かつ広い範囲の立体断層画像を確認でき、より精度の高い脊椎インプラント手術が可能になりました。また脊柱変形矯正手術などにおいては頚椎から骨盤までの広い範囲をＸ線イメージで撮影して、矯正の程度を確認し、微調整することが容易になりました。

さらに安全性を高めるため、術中神経機能モニタリングも活用しています。脊椎外科の手術は、中枢神経である脊髄とその周辺を扱うため、術後に神経の麻痺が発生するリスクがまれにあります。術中神経機能モニタリングは、患者さんが麻酔で意識がなくても、術中に神経の運動機能と感覚機能を監視して、神経障害を察知することができる検査機器です。手術の際に、大脳の運動野を刺激して、下行性に手足の筋肉の電気活動を監視するとともに、足の神経を電気刺激して上行性の感覚神経の機能をモニタリングします。術中に波形が変化し、神経がダメージを受ける可能性があれば、手術中に神経救済処置をとることができます。

人工股関節置換術を多く手がけ、再治療や関節温存療法も

岩瀬医師：股関節の手術の対象となる疾患で1番多いのは変形性股関節症です。代表的な手術は、ご本人の関節を切除して人工関節を入れる人工股関節置換術です。一方、ご自分の股関節を残す関節温存療法には、リハビリ、筋力強化、注射や薬物療法に加え、股関節の骨の形を変える「骨切り術」の手術があります。骨切り術は一定の修練を積まないと身につかないので、受けられる病院が近年、減ってきました。対象となる患者さんは少ないのですが、青壮年期の方などにご希望があり、手術適応があれば行っています。

他の医療機関で人工関節を入れた方の再手術も含め、人工股関節再置換術も行っています。人工関節を入れてから長年経過して、“ゆるみ”などの問題を生じた例に対して多くの人工股関節再置換術を手がけてきました。人工股関節再置換術は技術的難度の高い手術ですが、私たちは地域の基幹病院の人工関節センターとして、大きな骨移植を必要とする症例などに対する手術も院内骨銀行を整備し、また地域骨銀行とも協力して積極的におこなってきました。近年の人工股関節は長期成績も次第に向上しており、“ゆるみ“に対する再置換術を要する例は次第に減少傾向を呈していますが、一方で人工関節周囲の骨折や感染の為に再手術を要する例が増加傾向を示しています。

地域の先生方に感謝し、信頼に応えたい

岩瀬医師：私が整形外科を選んだのは、初期研修で何人もの先輩に受けた指導がよかったからです。整形外科は、運動器の疾患や外傷による痛みや機能障害を外科的に治療する診療科です。超高齢化社会の時代に、健康寿命を延ばす重要な役割を担っていると自負しています。

人工股関節置換術の最も魅力的なところは、術後の機能回復と症状の改善が患者さん本人や周りの人たちにも明解にわかることです。人工関節手術はただ単に関節を器械に取り替えるだけの手術ではありません。手術に伴う合併症発生リスクを極力抑え、どのような例にでも常に安定した早期機能回復や長期成績を提供するには、手術に対する真摯な取り組み姿勢や継続した技術的研鑽が必要だと思っています。当院に求められているのは、開発途上の新規技術や長期成績不明な医療サービスではありません。術後長期の安定した成績が確認されていて、万一何らかの再手術が必要となるような事象を生じた場合でも対処方法が確立されている手技を医療サービスとして提供することが大切であると確信しています。

小林医師：私は柔道をしていて、整形外科には先輩OBが多く、身近に感じていました。私自身も脱臼した経験があり、怪我をすると体の働きが落ちてしまうと実感しました。学生実習のときに、整形外科は体の動きを改善し、人がよりよく生きるにはどうしたらいいかに焦点を当てていたのが印象的です。また子供からお年寄りまで、幅広い人を診療する分野である点にも魅力を感じています。

地域の先生には感謝しかありません。私たちが役割分担として手術をさせてもらえるのは、薬や注射を使う保存的な治療を担当してくださる、クリニックの先生方のおかげです。私は小学校から高校までの学生時代を浜松で過ごし育っているので、知己が多く、浜松で診療所を開業されている先生とも大変親しみがあります。故郷で私がお世話になった人のために診療に携わることができるのは望外の喜びです。よりよい医療を提供し、地域に貢献したいと思います。