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認知症の治療が大きく変わる今、地域の先生の「勘」を信頼

Doctor's interview

SOICHIRO
SHIMIZU

東京医科大学病院
高齢診療科 主任教授

認知症の治療が大きく変わる今、地域の先生の「勘」を信頼

東京医科大学病院高齢診療科は認知症をはじめ、75歳以上の内科疾患をもつ患者さんに全人的な医療を行っています。近年、認知症はレカネマブの投薬など治療法が進歩しました。清水聰一郎主任教授は認知症に偏見をもたず、必要以上に怖がらないでほしいと語ります。

高齢診療科で認知症をはじめ、高齢者を全人的に診る

清水医師:東京医科大学病院高齢診療科では、75歳以上の方の内科疾患をすべて診療しています。特に、認知症など高齢者に多い病気を専門的に扱っており、若い患者さんにも対応してきました。また、当院は「認知症疾患医療センター」に指定されており、新宿区と連携しながら、認知症に関する相談や診察、幅広い支援を行っています。
高齢者は多くの疾患を持つ方が多いのが特徴です。私たちは専門的な分野は他科と連携していますが「臓器や病気を診るのではなく、病気を持つ人を診る」姿勢で、総合的に一人ひとりの患者さんを診る方針です。

私はもともと認知症や神経学に関心があり、治療法が確立していない分野を追求したいと考えて老年科に入りました。入局すると他の病気も診ることになり、早く専門の診療をしたいと思ったものです。しかし、上の先生に大学病院の医師は専門に加えて、何でも診られないといけないと諭されました。10年経つと専門を学ぶのに遅れはなく、むしろよい経験でした。学生には何科に進んでも老年医学的な観点を持ってほしいと伝えています。病気を全人的にみて、高齢者の生活も含めて人生を守るのが私たちの使命だと考えています。

認知症の治療が大きく変わる今、地域の先生の「勘」を信頼

認知症を過度に怖がらず、専門的な診断を

清水医師:認知症は簡単にいうと「脳の機能が落ちて日常生活に支障をきたしている状態」です。最近の診断基準では「物忘れ」は必須項目ではなく、日常生活への支障が問題となります。認知症の原因には、アルツハイマー病をはじめとして脳血管性認知症やレビー小体型認知症など、様々な疾患があります。認知症の治療をするのに、まず必要なのは私たち専門医の診断です。物忘れにも、多くの背景が隠されています。言葉がうまくしゃべれないとか、言い間違えが多いといった症状の原因をつきとめ、適切な治療につなげることが大事です。
よく早く受診した方がいいのか聞かれますが、これまで使われてきたアセチルコリンエステラーゼ阻害薬の早期投薬によるエビデンスはまだありません。現状では、少し症状があるけれど生活にはそれほど困っていないくらいのタイミングで、受診していただくのがいいでしょう。

私がいつも申し上げているのは、認知症を必要以上に怖がらないでほしいという点です。例としてよく挙げるのは、軒下でお茶を飲んで過ごして生活に困っていなければ、脳に変異があっても治療する意義があるでしょうか。患者さんごとに、どうなると日常生活に支障となるか相談しながら診療するのが、認知症の治療の難しさであり、面白さでもあります。
ご紹介くださる地域の先生方には、物忘れがあるから認知症かもしれないと恐怖心をあおらず、心配だったら東京医大でちょっと調べてみましょうと言っていただけるとありがたいです。また、ご家族が認知症について、患者さんに話さないでほしいというケースがあります。しかし、ご本人に診断を伝えて信頼関係を築いて治療していく方が、患者さんもそんなに怖いものではないと受け止められます。恐怖心から受診を避ける方がいますが、しっかり診断できれば、その先の対処法があるので、気楽に受診していただきたいのです。私は、不安で来られた患者さんが笑顔になって帰られる診療を心がけています。

認知症の治療が大きく変わる今、地域の先生の「勘」を信頼

認知症治療が大きく変わろうとしている

清水医師:今、認知症の治療が変わりつつあります。最近、レカネマブなど新しい治療法が登場しました。さらに、この数年で認知症やアルツハイマー病の診断基準や概念が大きく変わるでしょう。
私が医師になった年にアルツハイマー病の薬として世界で初めて、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬が出ました。その後、脳血流SPECT(Single Photon Emission Computed Tomography )検査やアミロイドPET(Positron Emission Tomography)、タウPETが現れました。脳血流SPECT検査は脳の血流分布の異常を調べる検査で、血流が低下している脳の部位の違いによって認知症の原因が分かります。アミロイドPET、タウPETは、アルツハイマー病の原因とされるアミロイドβやタウ蛋白の脳での蓄積を可視化する方法です。以前は死後の病理検査でしか分からなかった認知症の原因が、生前に画像検査になったのは大きな進歩です。


これまでアルツハイマー病は症状を改善する薬しかありませんでした。最近、アルツハイマー病の病理自体に直接はたらきかけ、神経細胞の変性や神経細胞死を遅くする疾患修飾薬、レカネマブが登場しました。今年、レカネマブのほかにもう1種類、新薬が出るでしょう。さらに来年、2025年にアルツハイマー病の診断基準も大きく変わります。これから10〜20年かけて、脳の中にアルツハイマー病の原因となるゴミはあるけれど、まだ認知症を発症していない段階で治療を始めるようになっていくと思います。

認知症に対する偏見をなくしたい

清水医師:今後、脳の中のゴミがあれば、認知症を発症する前に治療する時代になると、これまで以上に社会の理解が必要になります。脳にアミロイドβがある状態と、認知症の発症にはギャップがあります。世間に理解が浸透していないと偏見を生むリスクがあるでしょう。検査をして脳にゴミがあると分かると、仕事に就けないといった不当な扱いを受けることがあってはなりません。また、一般の方や患者さんにも、何のために診断を受けて治療するかを考えていただきたいと思います。今の生活を楽しく過ごすことが第一であって、過度に怖がる必要はないのです。社会の理解と治療法が共に進み、いずれは発症する前に治療できるようになるのを願っています。

アルツハイマー病の新薬レカネマブを使うには、専門的な診断が必要

清水医師:アルツハイマー病は、脳の中でアミロイドβとタウ蛋白がたまるのが特徴です。新しく登場した疾患修飾薬レカネマブは、アミロイドβを溶かし、認知機能の進行も抑えられる初めての薬です。アルツハイマー病の治療薬は、20年ほど開発が続いており、アミロイドβを取り除く薬はありましたが、認知機能を改善できませんでした。

レカネマブの適応は、アルツハイマー病による軽度認知障害および軽度アルツハイマー型認知症です。MMSE(簡易認知機能評価尺度)が22点以上、CDR(認知症の重症度評価尺度)が0.5または1と決められており、神経心理検査を行って投与できるか判断する必要があります。
治療の順番として、認知症の疑いのある方には、まず物忘れ外来を受診していただきます。MRIや脳血流SPECT、神経心理検査、核医学検査を行い、認知症専門医が診断します。レカネマブの適応となるアルツハイマー病の診断になれば、検査入院になるでしょう。髄液検査やアミロイドPETでアミロイドβの蓄積を確認し、初診からおよそ2ヶ月半から3ヶ月で投与になります。
レカネマブの有害事象には、点滴による発熱や頭痛が出るインフュージョンリアクションがありますが、解熱鎮痛薬で抑えられます。もう一つは、アミロイド関連画像異常です。治療の初期にMRI画像で確認でき、頭痛などを起こすことがありますが、ほとんどは無症状で回復します。ごくわずかに痙攣や意識障害がおきるケースがあるので、MRIを撮影して経過のモニタリングが必要です。

レカネマブ治療には施設基準がある

清水医師:レカネマブの初回投与には、認知症診療に従事する専門医が2人以上といった医師の配置、検査や副作用に対する体制など施設基準があります。厚生労働省の通達では、6ヶ月以降は別の病院でも投与が可能です。現状では規定を満たす病院が少ないのですが、地域の医療機関と連携ができるようになるかもしれません。今は、高血圧や糖尿病といった合併症をかかりつけの先生にお願いして、認知症に関しては、当院が2週間おきに診る形にしています。

レカネマブの登場が報道で取り上げられ、過度の期待があると感じています。レカネマブを使ってほしいと来院された患者さんが進行していて適応に合わず、使えなかったため落胆されるケースを既に何度も経験しています。患者さんやご家族はレカネマブに一縷の希望をかけています。私たちも患者さんの気持ちを理解し、新しい薬が使えなくても、既存の治療があるから大丈夫ですよと伝えて、落ち込んだまま帰っていただくことのないように気をつけています。ご紹介くださる先生方には、レカネマブという名前を出さずに、東京医大で状況を調べてもらって、方針に従ってくださいと言っていただくと幸いです。

地域の先生の「勘」を信頼

清水医師:東京医科大学病院は、認知症疾患医療センターとして、地域連絡協議会で新宿区と連携してきました。新宿区では、物忘れの症状があれば東京医大に相談すると共通認識を持っていただいているようです。神戸市では診断に助成制度を設けるなど、認知症の神戸市モデルを作っています。認知症の治療体制をしっかりとしたシステムとして整えられるよう、自治体と協力する取り組みを考えています。

私が頼りにしているのは、地域医療に携わる先生方の勘です。皆さまが、患者様の普段と違う違和感を見つけ、当院でアルツハイマー以外の希少疾患が判明する事例もありました。レカネマブが発売されても適応外の方も多く、今までと変わらない診療をしていただければと思います。 少しでも気になる患者さんがいらっしゃれば、気軽にご相談ください。

認知症の治療が大きく変わる今、地域の先生の「勘」を信頼

東京医科大学病院

東京医科大学病院は新宿副都心に位置する「特定機能病院」であり、都区西部「地域がん診療連携拠点病院」に指定されています。

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